神聖なる光の存在のあなたさま、この記事に出会ってくださり、ありがとうございます💫
この記事の初稿を書いているのは、2025年11月。
これまでの地球は、ガリゴリの2極の極性を体験しまくってきた世界でした。
で、その「2極の極性の学び」が、
2025年9月9日=999をもって終了したとのこと。
いよいよ全く新しい世界のスタート!
に向けて、これまでの3次元4次元の、2極の極性の世界においてがっつり学び使いまくってきた観念・信念や行動・反応パターンが、
日々、ちょっと気絶しそうになるくらい😂 噴出しまくりのワタクシです。
で、ここ1週間ほど、お金・選択・正解/不正解に関して、
あーでもないこーでもないと、散々にこねくり回しまくっていて、
思いました。
そもそも、この世界で“選ばない”って、可能なのか?
ついでに、ずっと疑問に思っていたこと――
多極って、どんな世界なわけ?どんな状態なわけ???
ChatGPTに聞いてみたら、なかなかに味わい深い教えだったので、記事として置いておきます。
1. 「選択しない存在」は、存在するのか?
この地球が存在している宇宙において、真の意味で「選択しない」「要求しない」って在り方を体現している存在って、存在してるのかしら?
【解】
真の意味で『選択しない・要求しない存在』は “存在しない。
(ただし、「選択がゼロに見える存在」はある)
結論から言うと、
- 「完全に選択しない」「全く要求しない」存在を、 この宇宙の中で“存在”としてイメージするとしたら それは ほぼ「空(くう)/ボイド/源そのもの」に近い
という感じになります。
なぜかというと──
- 何か「形」をもった時点で ・その状態で存在すること ・その状態を保つこと 自体が、広い意味での「選択」になっているから。
植物も鉱物も、星も人間も、
「この形で存在する」という在り方を通して、
常に何かしらの「選び方」を表現しているとも言える。
だから、
- 「何かとして存在しているもの」
- 「何かのあり方を保っているもの」
である限り、完全に「選択ナシ/要求ナシ」は
ほぼ成立しない世界なんだよね。
その意味で、
- 「真の意味で“選択しない・要求しない”」に 一番近いのは、
- 何かの形になる前
- 何かを選ぶ前
- あらゆる可能性がまだ“どれにも偏っていない”状態 としての「空(くう)・ボイド・源のフィールド」
という答えになる。
2. 「二極」と「多極」と「極そのものが溶ける世界」
空・ボイドという、「全てが同時に無秩序な状態で在る(でも『在る』時点で、究極的にバランスされているという矛盾!)」というのが、想像しうる=理解できうる、最大限の「多極」なのかな?
あなたが今つかみたいのは、
「そもそも“極”って発想自体が溶けてる世界って何?」
っていうレイヤーだよね。
まず、「多極」って、実は3段階くらいある。
- ある/ない
- 光/闇
- 成功/失敗
- 正解/不正解
- 愛される/愛されない
ここに「グレー」「中間」みたいなものを足すと、
- 二極+中間ゾーン =「線としての世界」(グラデーション)
になります。
ここからさらに世界を広げると、
- 状態がたくさんある「多極の世界」
- 0 か 1 だけじゃなくて、0,1,2,3,4… みたいに いろんな“状態”が並んでいる
さらにそこからもう一歩進むと、
- 「そもそも“極”という発想自体が意味を失ってくる世界」
に入っていきます。
ここはもう、
- 「どこがプラスでどこがマイナス」
- 「どっち側が正解/間違い」
みたいな“線”ではとらえきれない場所。
このレイヤーが、あなたが感じている
真の意味での多極
(=極の概念自体が溶けてしまっている状態)
に一番近いところです。
3. 空・ボイドは「無秩序」じゃなくて「全可能性フィールド」
ここで出てくるのが、あなたの言う
空・ボイド、全てが同時に無秩序な状態で在る
(でも「在る」時点で、究極的にバランスされている)
という感覚。
この表現はかなり本質に近いんだけど、
もう一歩だけ補足するなら──
- 「無秩序」っていうよりは、
- まだどの“秩序”にも固定されていない
- どのパターンにもなりうる という意味での 「全可能性の場」 に近い。
たとえば「色」でいうなら:
- 二極:白/黒
- グラデーション:白〜黒の連続
- 多極:赤・青・黄・緑・紫…(状態がたくさん)
- 空/ボイド:
- まだどの“色”にもなっていない「光そのもの」
- + どんな色も受け入れられる「キャンバスそのもの」
ここには
- 赤 vs 青
- 明るい vs 暗い
という比較の軸がまだありません。
だから、
- 「何色か」は決まっていない
- なのに、「どんな色にもなれる」という意味で “とても満ちている”
この、
何も決まっていない
=「空っぽ」に見えるのに
どんな形にもなりうる
=「満ち満ちている」
という“矛盾セット”が、
空・ボイドの一番おもしろいところ。
4. 「選ばない存在」ではなく、「あらゆる選択の源」としての空
あなたの、
空・ボイドのイメージが、理解しうる最大限の「多極」なのかな?
という問いに対して、今の時点で言葉にできる答えをまとめると──
- 真の多極に一番近いのは、
- あらゆる可能性・あらゆる軸が まだどれにも偏っていない 「無限次元のフィールドとしての空」 のイメージ。
そこから:
- 「ある・ない」も
- 「光・闇」も
- 「正解・不正解」も
- 「選ぶ・選ばない」さえも
全部あとから立ち上がってくる。
だから、
- 「二極」はそのフィールドの ごくごく一部のスライスでしかないし、
- 「多極」はそのスライスが少し増えた状態。
- そのどれもを“生み出している場”が、空/ボイド。
という構造になっているイメージ。
5. ここから先は、“頭で理解”より“体感で触れていく”領域
改めて最初の問いに戻ると──
この宇宙で、真の意味で「選択しない」「要求しない」存在ってある?
という問いに対する、今のところのまとめは:
- 「何かとして存在している」レベルでは 完全な“非選択・非要求”はほぼ存在しない (存在そのものが、すでに“何かの選択”を含んでいるから)
- それでもあえて探すなら、
- まだ何の形にもなっていない
- まだどの方向にも偏っていない 「空(くう)/ボイド/源のフィールド」 が一番近いイメージ
つまり、
- 「選択しない存在」というより
- 「あらゆる選択が生まれる前の“場”」
という答えになります。
この視点で見ると、
- 「選ぶ」ことに罪悪感をくっつけてきた人生
- 「選ばない私」でいようとしてきた戦略
も、
空という“多極ソース”が、
「あなたという観測点」を通して
どんなふうに世界を体験しようとしてきたのか
…という、めちゃくちゃ壮大な
「遊び方の履歴」に見えてくるかもしれない。
ここから先はもう、
- 頭で理解する、というより
- ふとした瞬間・瞑想・日常の小さな選択の中で
「二極の外の感じ」に、
ちょっとずつ“触れていく”領域なんだと思う。
とのことです。
もっと意識を拡大させて、もっともっと認識力も拡大させて、
もっともっとも〜っと!
宇宙の真理がわかるようになりたい!!!!
Have a Lovely and Happily Life☆彡