めざめジャーナル

自分のせいではなかったのか、という静かな解放

2026/02/16

当サイトの記事は広告を含む場合があります。

2026/02/16

解放というよりも、ふとした理解という感じの方が近いかも。

小さい頃の私はずっと、どこかで母の「犠牲になっている」フラストレーションを感じていて、

私がいなければ――

と、ずっと、罪悪感というのか?ギュウと縮こまって消えてしまわなければ!という感覚で生きていた。

私が存在しているから、私を育てなければならないから、私の面倒を見なくてはならないから――

って。

でも今朝ふと理解したのは、

母が「犠牲になっている」なり「自由になりたい!」と感じ続けていた(いる)のは、

本当には私とは全く関係なかったし、関係ないということ。

母はただ、「自由になりたい!」という思いを持ち続けて、フラストレーションを感じ続けていただけなんだ。

それは、私がいるかどうかの問題ではなく、初めから母が感じていたことで、そして感じ続ける選択をし続けていただけのこと。

それに対して、私がや贖罪的な意味での責任を感じる必要なんて、なかったのだということ。

母を背負って生きる在り方を、また一つ終えられた。

  • この記事を書いた人
SoReSiA

MIKAと申します。

SoReSiA(ソレでシアわせになったか?!)検証ラボへようこそ!
東に波動を上げるモノあれば、ソッコー買って即試し。西に目醒め加速のメソッドあれば、学び検証したくてたまらない!
な感じで、“地球ライフ▶︎ハッピー攻略ログ”を(誰に頼まれたわけでもなく、全て自腹で好きに楽しくw)スピ度高め&あけっぴろげ感満載に綴ってます☆
地球をシアワセに遊び尽くせ!

オススメ!

-めざめジャーナル